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最高裁判所第三小法廷 昭和23年(れ)1741号 判決

主文

原判決を破毀する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

辯護人花輪長治の上告趣意第二點について。

刑法の各本條に定めた犯罪の構成要件に該當する行爲であっても、それが正當の業務に因り爲した行爲であるときには、これを罰しないことは、刑法第三五條の定めるところであって、この規定は刑法以外の他の法令において刑を定めたものにも亦適用されることは、同法第八條本文によって明らかである。

本件について原審は、その判決において、被告人が洗濯業を営み、米国進駐軍野砲第八二部隊の將兵の洗濯をして來たことを認定した上、判示第一(ロ)の事実として、昭和二二年七月頃同部隊所屬の兵グレームから洗濯を依頼され、同人が東京都に転屬し届先が不明になった同人所有のカーキー色軍服上下四組、作業衣、セーター等三六點、同(ハ)の事実として、妻が同年九月一〇日死亡する前、同部隊所屬の將兵から貰受け又は洗濯を依頼されて受取ったゴム引袋その他六二點の物品を自宅内に藏置して不法に所持した事実を認定して、右の事実につき昭和二二年八月二五日政令第一六五號第一條乃至第三條を適用して被告人に對し有罪の言渡をしている。すなわち、原審は、洗濯業を営む被告人が進駐軍將兵から洗濯を依頼されて受領し、業務上占有したいわゆる進駐軍物資の所持をも、前記政令に反する違法行爲として處罰しているのである。しかしながら、洗濯業者が客から洗濯を依頼されて洗濯物を所持することは、正當の業務に因り爲した行爲であること言うまでもないのであるから、かゝる行爲は、刑法第三五條によって處罰し得ないものと言わねばならない。尤も、原判示第一(ロ)の事実中には洗濯の依頼者が東京都に転屬し届先が不明となったことを揚げているが、かかる状況であったとしても、被告人がこれを奇貨として洗濯物を不法に領得しようとしてその所持を繼續したとか、その他その所持を不法ならしめる事実を判示しない限り、原判示の事実だけではその所持は不法なものと言うことはできない。しかるに、原審は、判示の行爲を不法なものとして、これに前記政令第一條乃至第三條を適用處斷したのであるから、原判決には理由不備若しくは理由齟齬の違法があり、論旨は理由があって原判決は破毀を免かれない。

よって、その他の論旨に對する判斷を省略して舊刑事訴訟法第四四七條第四四八條ノ二第一項に從い主文のとおり判決する。

以上は、裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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